■薀蓄

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自由についての取り扱い説明書 

「俺の"自由"だろう…!?」=「俺の"勝手"だろう…!?」と
意味を世の中には取り違えている人が多いように思います

"自由"≠"勝手"であって... "自由"="勝手"ではないと思います

"自由"という言葉を辞書で引くと
『他からの強制・拘束・支配などは受けないで
自らの意思・本性に従っていること(さま)』とあります

"自由自在"という言葉もあります
『人や物を意のままにする(できる)こと』を言います

"自由"も"自在"も、仏教から生まれた言葉である
なので現在使われている意味とは、全く違ったりする

"自由"は
『解脱をして、何ものにも捉われない境地のこと』
"自在"は
『心のままであること』をいう

("自在"の方は、単独で調べると同じ意味であるが・・・)

つまり"自由自在"とは
『捉われないで、のびのびとした心境、又その働きのこと』を言う

因みに"解脱"とは
『煩悩に心が縛られている状態から脱し、自由になること、
つまり悟りの境地のことである』

梵語ではヴァムクティ、ヴィモークシャという

【余談】
・ 解脱を知ることを"解脱知見"という
・ "解脱大海"なんていう言葉もある(説明すると長くなるので省略)

他からの強制・拘束・支配などは受けないで自らの意思・本性に従うことは
確かに好いことであるかもしれない

ただ使い方を間違えると、何事にも言えることであるが
取り返しのつかないことになって、
後で後悔をする羽目になってしまうことも
十二分にあり得る

得手勝手な使い方は好くないと思う
例えば、"校則が自由です"とは言っても、
それでどんなことをやっても好いといったら、
そう言うわけではなく、そこには秩序というものが必要になってくる

無秩序では自由は成り立たないのである

秩序やある程度の決まりごと、約束事があって、
初めて成り立つのではないかと思うんですけどね…
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ありがとうの語源 

昨日、3月9日は…
3と9で"サンキュー"って言うことで「ありがとうの日」でした

書くことが無いので
ありがとうの語源について書きます

形容詞「有り難し」の連用形「有り難く」がウ音便化し、「ありがとう」となった
「有り難し」は、「有ること」が「難い」という意味で、本来は「滅多にない」とか
「珍しくて貴重だ」ということを表していた
中世になって、仏の慈悲など貴重で有り難いものを自分は得ているという解釈から
宗教的な感謝の気持ちというようになり、近世以降、感謝の気持ちとして一般にも
広まった・・・

尚、ポルトガル語の「oburigado(オブリガード)」から「ありがとう」になったという説が
あるが、ただ音声が似ているというだけの俗説であり、それが語源ではない

主人公 

今日から3月ですね
卒業式のシーズン到来です

今日は曇りでしたね
春はもう来ているというのに、寒かったです

boku_003.jpg
ところで主人公という言葉があります

"映画"や"アニメ"、"漫画"、"小説"で
主役のキャラクターのことを指す言葉です

元の言葉、つまりこの"主人公"の語源を辿ってみると
禅から来た言葉だったりする

昔、中国に瑞巌(ずいがん)和尚っていうお坊さんがいて、
毎日自分自身に向かって「主人公」と呼びかけ、
また自分で「ハイ」と返事をしていました。
「はっきりと目を醒ましているか」
「ハイ」
「これから先も人に騙されなさんなや」
「ハイ、ハイ」といって、毎日ひとり言をいっておられたといいます

『無門関』第十二則に出てくる"瑞巌(ずいがん)主人公"という公案から来ています
“瑞巌(ずいがん)和尚、毎日自ら主人公と喚(よ)び、復(ま)た自らを応諾(おうだく)す。
及(すなわ)ち云(いわ)く、
「惺惺着(せいせいじゃく)や、喏(だく)。他時異日(たじいじつ)、
人の瞞(まん)を受くること莫(なか)れ、喏喏(だくだく)」                 

言葉、本来の意味は、本心本性の自己、真実の自己
つまり"人間一人ひとりの主体的な人格"のことなのです

この他にも禅や仏教が語源の言葉は、沢山ある
例えば... 玄関、登竜門、自由、自在、愛嬌、馬鹿etc.

禅僧と美女~“空(くう)とは~ 

禅僧は三人の弟子とともに旅をしていた

 ある日のこと。川にさしかかったとき、禅僧と三人の弟子は、1人の美しい女性に出会った。

 「川を渡りたいのですが、着物をたくし上げられないので、川を渡れずに困っています。向こう岸まで、私を抱いて渡していただけませんでしょうか?」
美女は、禅僧を見るなり、そう頼んだ。

 禅僧は頷くと、何の躊躇いもなく美女を抱き上げ、さっさと川を渡って行った。
そして川を渡った禅僧と三人の弟子は、美女と別れて旅を続けた。
さて、一里も歩いた頃になって、弟子の1人が禅僧にこう言った。
 「師は、いつも私たちには女を遠ざけよと仰っていますが、先ほど、女人を抱かれました。これは矛盾しておられるのではないでしょうか?」
 残る2人も声を合わせて、禅僧に抗議をした。
 ところが、禅僧は弟子たちの抗議に、こう答えて叱りつけた。
 「お前たちは、まだあの女人を抱いていたのか!儂はあの川岸でとっくに降ろして来たぞ!!」  と。

 3人の弟子たちは、『女性を抱く』ということにずっと拘っていた。しかし一方の師である禅僧は、実にあっけらかんとしていた。何の拘りもなく女性を抱いて川を渡し、そのことはすっかりと忘れていたのである。

つまり禅僧は、3人の弟子たちに
「空とは何かというがわかっていない。いつまでも拘るな。執着するな。」 と叱ったのである。


空とは拘らないこと、レッテルを貼らないこと。

レッテルを貼らないというのは、川を渡してくれと頼んで来たのが、女性であるからだとか男性であるだからとか考えないと言うことである。


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青刈りボーズ

Author:青刈りボーズ
無類の酒好き(?)です
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しかし本人に全くその認識は
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