■損料屋'三松屋'に御座候

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損料屋「三松屋」に御座候 弐-ろ 

 朝餉が終わると、主人の喜助は三松屋の近くにある岡場所へ貸し出した布団やら枕を回収に出掛けます。
 何時もなら一人で出掛ける主人が、大きな風呂敷を手にしながら出掛け際に私に言いました。
 「佐吉、今日はお前も行くかね?」
 「私がございますか?」
 「ああ。佐吉にも損料屋の仕事も覚えてもらわないといけないしねぇ。今日は私と一緒に回収へ行ってもらおうかね。」
 主人の突拍子もない言葉に、私が二の句を踏めないでいと主人は、
 「佐吉、どうなんだね。」 と、急かすように言いました。
 私は、「参ります。」 と答えますと、
 女将さんは心配そうな面持ちで、
 「子どもの佐吉を、岡場所なんかに連れて行っても平気かね?」
 「心配はいらねぇさね。空でお天道様が見ていらっしゃるんだからね。」
 主人の答えに私が微笑みますと、女将さんは微笑み返しながら言いました。
 「たぶん他にも廻ると思うから色々と勉強して来な。」

 私には女将さんのその言葉の意味がその時には理解できなかったのですが、主人と回収へ向かった後で理解を致しました。主人は損料屋を生業とする傍らで骨董の目利きの仕事もやっているようで、貸し出した品を回収に行く序でに質屋や骨董屋などを廻り、骨董を仕入れる場合があるそうなのです。
勿論、骨董として売るのではなく、損料屋の品として貸し出す訳でありますけど。
それともう一つ、つまり私が何処から来て本当の名前はなんと言うのか、両の親は所在などを聞き尋ねて歩いてみようという目的が、主人の喜助にはあったようです。
 勿論、私のことは目明しの大森の親分にも探していただいているのですが、吉報はなく親身になって探しているのかは眉唾物であることは確かなことでもあります。
目明しというのは、「大江戸八百八町」と称されます広い江戸の町の巡回や事件の探索、家出人や迷子の捜索など江戸で起きたことを町同心と呼ばれる二本差しの方々がお勤めをしているわけですが、その同心は南北の奉行所に各百二十人前後しかいないために、目明し通称岡っ引きと呼ばれる町人が代わって御用利きを勤めているのです。
町人ながら幕府の御用を勤めるとあって、つい虎の威を拝借して権威を振りかざし、庶民の弱みに付け込んでは強請や集りまがいのことをするため、江戸の町に住む者に好くは思われておりません。
しかし目明しの機嫌を損ねては暮らしがなり行かぬので、庶民は黙って見過ごしているのであります。
北森の親分の本名は、政七といいます。本来ならば政七親分と言うのが正しいのでしょうが、家が北森という場所にあるので、親しみを込めてそう呼ばれています。

 大店ならともかく、三松屋のような小さな店では付け届けも少量なので仕事に手を抜かれることが多いと主人の喜助と女将のたえが愚痴を零しております。
勿論、そんなことは大森の親分の前では口が避けても言えぬことではありますが。

私は主人の喜助に連れられ、初めて岡場所へ足を踏み入れました。初めての場所というものはドキドキと胸の高鳴りを覚えるものであります。
 岡場所というところは吉原以外の私娼街のことで、つまり男と女が一夜の寝屋を共にする場所であります。子どもである私が普通であるならば立ち寄ることのない場所なのです。

 キョロキョロと物珍しげに周りを見回す私に、主人が言いました。
 「これっ、佐吉。余りキョロキョロするものでないよ。」
 「すみません。」
 「まぁ解からなくもないけどね。でも商売柄、足元を見られたらおしまいだからね。」
 「足元を見られる?」
 と、聞き返した私に、主人は言いました。
 「そうさね。大概の品値は決まっているがね。しかし商人が足元を見られたら、商売なんぞ出来ないんだよ。厭な話ではあるけどね。高値を吹っかけることも出来なくなってしまうんだよ。」
 私は苦笑いをし、主人の後について長屋伝いに連なっている私娼のうちの一軒に入りました。煙管を燻らしながら客のいなくなった寝間で寛いでいる遊女が、私を見て主人に冗談っぽく言いました。
 「あら私というものがありながら...喜助さんにはそんなに大きな子どもがありんしたのかえ?」
 「小菊姉さん、冗談を言っちゃ困りますよ。いつぞや話をした小僧の佐吉です。」
 主人は私を手招きして、言いました。
 「佐吉。こっちへ来て、挨拶をしなさい。」
 「はい。」
 私は返事をし、小菊と主人が名を呼んだ20代中頃の遊女に挨拶をしました。
 「三松屋の小僧、佐吉と申します。」
 「可愛いね...、今夜でも私を買ってみるかい?」
 「小菊姉さん、冗談はよしてくださいよ。」
 小菊に主人は釘を刺すように言いました。
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損料屋「三松屋」に御座候 弐-ゐ 

私は、損料屋「三松屋」という店に奉公しております佐吉と申します。当年とって、十歳であります。奉公に上がって、幾許も経っておりません。
奉公に上がらせていただいた経緯は、私が損料屋「三松屋」の店先で行き倒れていたのが縁でございます。しかし私が店先に行き倒れていた理由、損料屋「三松屋」にお世話になる前、何処に住んでいたのか、両親の名はなんと言うのかという記憶は頭の中からすっぽりと抜け欠けております故、私の名前や年齢も本当のものではありません。
名前は主人の喜助と内儀のおたえに、名がなければ便が悪いということで名づけていただきましたし、年齢も私の年恰好から判断されて決められた年齢でございます。

損料屋は、夏の蚊帳、冬の炬燵から鍋、釜、蒲団、褌に至るまで所帯道具の一切を何でも低額の料金で貸し出す商売でございます。
江戸の町は火事が多く、それ故に巻き込まれれば家ごと失うなどということはよくあることで、所帯道具を買うのではなく、損料屋に借りる場合が多いのでございます。

私の一日は、明け六つの鐘が鳴るのと同時に始まります。
床から起き上がると、蒲団を片付けて寝間を着替え、洗面を済ましてから店の前を掃くことが、私の最初にやる仕事です。
私と同時に主人も女将さんも起きていらっしゃるので、私が外を掃いている間に店の中の掃除を主人と女将さんでやっておられます。

店の掃除と外の掃除が終わると、朝餉を戴きます。
普通の店では、使用人は別に取るのが普通らしいのですが、損料屋「三松屋」は店も小さく、使用人は小僧の私一人なので、主人と女将さんと一緒に戴きます。

損料屋「三松屋」に御座候 ゐ-伍 

「小僧の仕事といえば、掃除じゃないかね。とは言っても、狭い店だから掃除も必要は無いね。」
喜助は考え込んだ。
「客の接待をしてもらっても好いが、長居をする客なんぞは少ないからね。」
さらに喜助は、深く考え込んだ。

「喜助さん、考え込んでいても何も始まらないわ。」
たえが助け舟を出すように言った。
「喜助さんが義父さまから教わったようになさったらどうかしら?」
「私が教わったようにかい?」
「そう。そうすれば、佐吉だって損料屋の仕事だって覚えられるだろうし、喜助さんのように目利きにもなれんじゃないかしら。」
「そうさね。私にはそれくらいしかしてやれないかね。」
喜助は頷き、言った。
「ならば読み書き、算盤はおたえの方が適任だね。私も出来ないことは無いが、そっちの方は苦手でね。」
「あら。佐吉に教えられないほど苦手にしているなら、喜助さんも佐吉と一緒に指南しましょうか?」
たえは微笑みながら言った。
「おたえ、それはないさね。主人としての私の面目が丸つぶれだよ。」
「あら。」
喜助とたえの会話に、佐吉はクスッと笑った。
「佐吉のヤツ、笑いやがったぞ。」
「まぁ、可愛いこと。」
「すみません。」
佐吉は、咄嗟に謝った。
「何を謝ることがあるんだい?佐吉は、何もしていないだろうに・・・、もしや笑ったことを誤っているのかい?」
佐吉はコクッと頷いた。
喜助は、微笑みながら佐吉の頭に手を乗せて言った。
「そんなことを気にする必要なんぞはないさね。人を馬鹿にして嘲笑うのはいけないがね。会話を聞いて笑いを噴き出すのは構わないんじゃないかねぇ。なぁ、おたえ。お前もそう思うだろう?」
「そうね。睦まじい笑いは気持ちが好いから、構わないんじゃないかしら?」
「そういうことだ。悪いことをしたわけでも無いのに、無闇に謝るもんじゃないよ。佐吉、解かったね。」
「はい。」
佐吉は、笑顔で返事をした。

こうして私の損料屋"三松屋"での生活が始まったのでございます。

損料屋「三松屋」に御座候 ゐ-肆 

「佐吉や。食べいて好いから、聞いておくれ。」
佐吉はコクッと頷いた。
「私は損料屋"三松屋"の主人、喜助。今し方、使いに出したのは妻のたえだ。私と妻とで、小さな損料屋を営んでいる。店は、先代つまり私の父親から譲り受けたものだ。」
「そんりょうや?」
佐吉は首を傾げた。
「おや佐吉、お前は損料屋を知らないのかい?」
佐吉は頷いた。
江戸に住んでいて損料屋を知らないとは珍しいこともあるものだと思いながら、喜助は自分の店の生業を説明した。
「損料屋というのは、蚊帳に炬燵、鍋や釜に蒲団、褌に至るまで所帯道具ならば何でも低額で賃貸しすることを生業にしている店だ。まぁ十六文や二十文で貸し出すわけだから、贅沢は出来ないが、私とたえ、佐吉の三人くらいなら日々の暮らしには困らねぇくれぇの稼ぎはある。」
「はい。」
佐吉は返事をした。

「ムリに思い出すことはないさね。ゆっくり思い出せば好い。」
「はい。」
「親分が、早くおとっつぁんとおかっつぁんを見つけてくれると好いな。」
「はい。」
返事を返した佐吉に、喜助は言った。
「遠慮はすることねぇぞ。自分の家のつもりで居て構わねぇからな。」
「はい。」

佐吉は、喜助の言葉にふと思った。
(自分におとっつぁんとおかっつぁんは居たのだろうか?ずっとずっといなかったような気がする。)

たえが佐吉の着物を買って来て、言った。
「似合うといいけどね。」
「たえの見立てはなかなかのものがあるよ。だから似合うさね。」
喜助はそう言って、風呂敷を解いた。

「さぁ寝間を着替えて、店を開けようさね。」
「はい。」

たえの見立てた着物に佐吉は、袖を通した。そして喜助に言った。
「あの私は・・・、何をすれば?」
「おや、てめぇを私と言うところを見ると、どこかの店で奉公していた小僧だったのかね。」
喜助が言った。
「そうね。」
「わかりません。」
佐吉は項垂れながら言った。
「いいさ、いいさ。ムリに思い出すことはないさね。」
喜助は優しく微笑みながら言った。

損料屋「三松屋」に御座候 ゐ-参 

親分が去って、たえが言った。
「名前をつけないといけないねぇ。名無しじゃ都合が悪いわよね。」
「そうさね。」
少年は蒲団の上できょとんした顔をしている。
しばらく考えて、喜助が言った。
「佐吉というのは、どうかね。」
「・・・・佐吉、いい名じゃない。喜助さんの感性から言えば、上出来ね。」
たえは言った。そして喜助はポンと手を打ち、少年に微笑みながら言った。
「決まりだな。お前の名前は、佐吉だ。本当の名を、おとっつぁん、おかっつぁんから貰った名を思い出すまでは、佐吉だ。」
「さ・き・ち!?」
少年は目の前の二人から名づけられた名を口にした。
「そうだ、佐吉だ。」
喜助は、佐吉の頭を撫でながら言った。
佐吉は、嬉しそうにコクッと小さく頷いた。
「佐吉、お腹は空いてないかい?」
たえが言った。『グゥ~』 と腹の虫が鳴った。
「それりゃ空いているさね。正直な腹を持っているな。」
喜助は笑いながら言った。
「なら朝餉の支度をしようかね。ちょいと朝餉には遅すぎるけどね。その間に、蒲団を上げておいておくれな。」
「はい。」
佐吉は、蒲団から完全に起き上がって返事をした。

蒲団を片付けている間に、たえは簡単な朝餉を拵えて戻って来た。
「こんなもんしかないけど。」
握り飯と味噌汁、漬物を出して、たえは言った。
「いただきます。」
佐吉は言って、握り飯をパクついた。
『ごほっ』
「慌てて食わずとも、誰も取りゃしねぇしねよ。」
佐吉は照れたように頷いた。
「余程、腹が空いていたんだろうね。」
「そうさな。」
握り飯を頬張る佐吉の顔を優しく見詰めながら、喜助とたえは言った。

「おたえ。佐吉が飯を喰っている間に、古着屋へ行って佐吉の着物を見繕って来てはくれないかね。店の品を着せるわけにはいかないからね。」
合点がいかない顔をしているたえに、喜助は言った。
「何時までも、寝間のままでいさせるわけにはいかないさね。」
「それはそうだわね。」
たえは財布を取り、損料屋"三松屋"を出た。

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青刈りボーズ

Author:青刈りボーズ
無類の酒好き(?)です
上司、同僚、リア友などから、“笊”とか“蟒蛇”とか“虎”とか好く言われることがります
しかし本人に全くその認識は
ありません


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